東京地方裁判所 平成7年(ワ)12900号 判決 1996年1月23日
原告
板橋隆
同
板橋久雄
同
板橋弘尚
同
板橋俊光
右四名訴訟代理人弁護士
香川一雄
被告
村上悦造
同
株式会社神田テーラー
右代表者代表取締役
村上悦造
右両名訴訟代理人弁護士
瀧澤國雄
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告両名は、原告四名に対し、別紙第一物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明け渡せ。
二 被告村上悦造(以下「被告村上」という。)は、原告四名に対し、平成七年一一月三日から第一項の本件建物明渡しまで月額金三三万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、本件建物の賃貸人である原告四名が、賃借人である被告村上及び被告村上がその代表取締役であり被告村上とともに本件建物を店舗として使用している被告株式会社神田テーラー(以下「被告会社」という。)に対し、本件建物の敷地である別紙第二物件目録記載の土地(以下「本件借地」という。)について借地人であった原告四名の亡父克を被告として地主側が借地契約の終了を理由として提起した建物収去土地明渡請求訴訟において克がその訴訟係属中に死亡して克の訴訟承継人となった原告四名に対し当該地主に対し本件建物を収去し本件借地を明け渡せと命じた原告四名の敗訴判決が確定したことをもってその正当事由とする解約申入れにより本件貸家契約が終了したと主張して、本件建物の明渡しを求めるとともに、被告村上に対し、その終了後の本件建物についての使用損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 克は、被告村上に対し、昭和三六年二月ころ、使用目的を店舗とし、賃貸借期間を定めない約定で、本件建物を賃貸して引き渡した(以下この賃貸借契約を「本件貸家契約」という。)。
2 被告村上は、本件建物を既製洋服の販売店舗として使用していたが、昭和四一年一月ころ、被告会社を設立し、そのころから、被告会社の既製洋服の販売店舗としても本件建物を使用している。
3 克は、平成四年一一月四日に死亡し、原告四名が本件建物を共同相続し、本件貸家契約の賃貸人の地位を承継した。
4 平成七年四月末日現在における本件貸家契約による本件建物についての賃料は、月額三三万二〇〇〇円である。
5 原告四名は、被告村上に対し、平成七年五月二日到達の内容証明郵便で、原告四名に対し本件借地の地主に対し本件建物を収去して本件借地を明け渡すべきことを命じた敗訴判決が確定したので、原告四名がこれに従い本件建物を収去する必要があることを理由とする本件貸家契約の解約の申入れ(以下「本件解約申入れ」という。)をした。
6 克は、訴外藤川豊次郎から、昭和二六年ころ、本件借地を賃借し、本件借地上に住居兼店舗として本件建物を建築してその所有権を取得した。
7 藤川は、昭和六三年に、克を被告として、東京地方裁判所に対し、克と藤川との間の本件借地についての賃貸借契約(以下「本件借地契約」という。)による借地権の期間が昭和六二年二月末日に満了し、藤川が、克の本件借地の使用継続に対し、遅滞なく、正当事由のある異議を述べたこと等を理由とする建物収去土地明渡請求訴訟を提起した(東京地方裁判所昭和六三年ワ第一七六四五号事件)。株式会社三正(代表取締役満井忠男。以下「訴外会社」という。)は、平成元年五月一八日に藤川との間で本件借地と訴外会社所有の土地とを交換したことにより藤川の提起した右訴訟事件の建物収去土地明渡請求権を取得したとして、右訴訟事件に当事者参加した(東京地方裁判所平成元年ワ第一〇五六三号建物収去土地明渡請求参加申立事件)。藤川は、訴外会社の右参加理由を認めて前記訴訟の原告の地位から脱退し、訴外会社が藤川に代わって克を被告とする前記訴訟の手続を遂行し、克もこれを争ったが、東京地方裁判所は、平成四年九月三〇日、訴外会社の主位的請求(無条件の建物収去土地明渡しの請求)を棄却するとともに、訴外会社の予備的請求を認容して、「被告克は、訴外会社からいわゆる明渡料として二億〇九〇二万七九二四円の支払を受けるのと引換えに本件建物を収去して本件借地を明け渡せ」と命ずる判決(以下「本件借地関係一審判決」という。)を言い渡した。(甲四)
8 克及び訴外会社は、本件借地関係一審判決を不服としてそれぞれ東京高等裁判所に控訴した(平成四年ネ第三八二三号事件・同年ネ第三八六六号事件)ところ、克が前記3のとおり死亡し、原告四名が本件借地契約による借地人の地位を相続したことにより、克の訴訟承継人となった後、東京高等裁判所は、平成五年六月一五日、右の各控訴を棄却する判決(以下「本件借地関係二審判決」という。)を言い渡した。(甲三)
9 原告四名は、本件借地関係二審判決を不服として、最高裁判所に上告した(平成五年オ第一九三一号事件)が、平成七年三月二三日、右の上告を棄却する判決の言渡しがあり、原告四名が訴外会社に対し前記の明渡料の支払を受けるのと引換えに本件建物を収去して本件借地を明け渡す義務を負うことが確定した。(甲二)
二 争点
本件解約申入れの正当事由の存否
(原告らの主張)
原告四名は、訴外会社が原告四名に対し明渡料二億〇九〇二万七九二四円の弁済の提供をすれば直ちに訴外会社に対し本件建物を収去して本件借地を明け渡さなければならない確定義務を負っており、その義務履行のため、被告両名に本件建物の明渡しを求める必要がある。
(被告らの主張)
被告両名が本件建物を使用する必要があり、原告の本件解約申入れは、次の諸点から見ても、その正当事由が認められない。
(1) 克は、昭和六三年、被告両名を被告として、東京簡易裁判所に、本件建物についての自己使用の必要等を正当事由とする解約申入れにより本件貸家契約が終了したとして、建物明渡請求訴訟を提起し(東京簡易裁判所同年ハ第三七六一号事件)、原告四名が克の死亡後その訴訟承継人となったが、東京簡易裁判所は、平成五年三月一〇日、原告四名の主位的請求(無条件の本件建物明渡請求)及び予備的請求(立退料三〇〇万円と引換えの本件建物明渡請求)のいずれをも棄却する判決を言い渡した。原告四名は、これを不服として東京地方裁判所に控訴した(東京地方裁判所平成五年レ第四八号事件)が、平成六年九月三〇日、東京地方裁判所は、原告四名の控訴を棄却する判決を言い渡し、この判決が確定した。
(2) 本件借地関係一審判決によれば、藤川が昭和六二年二月末日の本件借地契約の期限満了時の前後を通じ、克らに対し本件借地の明渡しと引換えに相当な価額の財産的給付を申し出ていたと認定されている。地主と借地人の間の借地期間満了後の遅滞なき異議に係る正当事由の判断に際しては、当該借地上の借地人所有建物の借家人の生活利益もその考慮に入れる必要がある。原告四名が訴外会社から支払を受ける明渡料が当該借家人である被告村上の生活利益を考慮していないとすれば、原告四名がそのことを主張しないでその分の利益の補償を訴外会社から受けることを放棄したものというべきであり、被告らの同意なく、原告四名がしたこのような法律的利益の放棄は、被告らに対抗できない。
(3) 原告四名は、訴外会社に対し、明渡料を受けるのと引換えに本件建物を収去し本件借地を明け渡す義務を負っているとしても、被告村上に対しては、本件貸家契約に基づき本件建物を使用収益させる義務があるものであり、本件解約申入れは、単に訴外会社に右の本件建物収去本件借地明渡しの義務が確定したことのみを理由とするものであるにすぎないから、正当事由があるとはいえない。
第三 判断
一 争点について
原告四名は、原告らが主張するとおり、本件借地関係一審判決が確定したことにより、訴外会社に対し、訴外会社が原告四名に明渡料二億〇九〇二万七九二四円の弁済の提供をすれば直ちに本件建物を収去して本件借地を明け渡さなければならない義務を負うものであり、その義務履行のためには被告両名に本件建物を明け渡させる必要があることも明らかであるが、被告両名としては、訴外会社に対して本件建物を収去する義務を負うべきいわれがないのみならず、原告四名に対しても原告四名が訴外会社に対してなすべき本件建物の収去のために本件建物を何らの補償なく明け渡して協力することは、慣行的にはあり得るとしても、法律的にはその義務を負うまでには至らないものといわなければならない。かえって、被告村上は、原告四名に対しては、被告らが主張するとおり、本件貸家契約に基づき本件建物を使用収益させることを請求する権利を有するのである。
もっとも、訴外会社が原告四名に明渡料の弁済の提供をした上、被告両名に対しても本件建物からの退去及び本件借地の明渡しを請求する権利を行使することになれば、被告両名は、本件建物の使用収益の限度とはいえ本件借地を使用することができる占有権原を主張立証することに成功しない限り、被告両名による本件建物の使用収益が訴外会社の本件借地に係る土地所有権に対する侵害となり、結局、本件建物からの退去及び本件借地の明渡しの義務並びに相当額の使用損害金の支払義務を免れないことになる。
しかしながら、原告四名が専ら訴外会社に対し本件建物を収去する義務を履行するために本件建物を占有する必要というものは、当然には借家法の定める建物賃貸人の自己使用の必要性を充足するものとはいえないから、右の収去義務の履行の必要のみをその理由とする本件解約申入れは、結局のところ、借家法の定める正当事由を具備するものとは認められない。
二 結論
以上の次第で、本件解約申入れにより本件貸家契約が終了したことを前提とする原告四名の被告両名に対する本件建物明渡請求及び被告村上に対する本件建物の使用損害金請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官雛形要松)
別紙<省略>